以前、文法ベースの授業をしていたとき、学生に「どうして日本語を勉強しているんですか」と聞くと「試験があるからです」という答えが返ってくることが多々ありましたが、これはコンテクスト(話脈)の共有が上手くなされていないために質問の意図がちゃんと伝わっていないのが原因でした。
文法的には正しいのになんかしっくりこないよなぁというときの原因にはコンテクストのずれの他に、媒体(言語で伝達するときの手段)やジャンルのずれが考えられます。例えば、友人や家族との電話会話と新聞の社説で使われている理由表現を比べてみると、瞬時に消え去る音を使った話し言葉とそこに留まり続ける文字を使った書き言葉、それぞれの媒体の特質から生じる言語使用の違いを垣間見ることができます。
冒頭の例にある<勉強するという行為>と<その理由>を一文で表そうとすると、以下のリストのように様々な表現を使うことができます。日常会話では使われそうだけど社説では使われなさそうな表現、またその逆のパターンが見られそうな表現はあるでしょうか。コラムを読み進める前にちょっと考えてみてください。では、シンキングタイム、スタート!
1) 試験があるから、勉強している。
2) 試験のために、勉強している。
3) 試験があるし、勉強している。
4) 試験があるので、勉強している。
5) 試験がある。だから、勉強している。
6) 試験がある。そのために、勉強している。
7) 勉強している。だって、試験がある(もん/でしょ?/から)。
8) 私が勉強しているのは試験があるから/ためだ。
9) 試験がある私は勉強している。
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日常会話で最も頻繁に使われる理由表現は【から】です。ただ、(1)のように「<理由>から、<状況・結果>」の順番で現れるとは限らず、次の(11)のように理由を後から言う例や(12)のように相手が言ったことに対してあり得る理由を言う例も多く見られます。
(11)((父親がアメリカにいる息子と話していて、英語を話す息子の配偶者または同居人と電話を代わらなくてもいいと言っている))
(音声リンク:
5:01-5:05)
父: あ まあ 代わらんでもいいけど。どうせ、どうせ、話せ‐あの話せんから。ハハハ
(12)((友人との会話で、お互いの最寄り駅について話している))
(音声リンク: 8:14-8:19)
A: T君、「カイジン」((駅名))でしょ?
T: そう。
A: よく覚えてるでしょ?
T: ハハハ
A: ハハハ
T: 変な名前だからね。
一方、社説では理由を示す【から】の使用頻度は会話の1割と非常に低く、発言の引用以外は「・・・からこそ・・・」や「・・・のは・・・からだ/である/だろう」のように強調表現の一部として使われることが多いようです。
【し】も【から】ほどではありませんが、会話に頻出します。でも、「・・・し・・・し」のようにリストとしてではなく【から】と同様、単発で使われることの方が圧倒的に多いようです。社説で【し】が使われることはごく稀です。
反対に、【ため】は、会話での使用は稀ですが、社説では「このため・・・/そのため(に)・・・」、「・・・のは・・・ためだ/である/だろう」、「<出来事の報告>。・・・ためだ/である/だろう」のパターンで使われています。
理由を示す接続助詞の中で、会話でも社説でも使用がほとんど見られないのが【ので】(または【んで】)で、この傾向を推測した方は少ないのではないでしょうか。ただし、会話の中では、なんらかの理由でかしこまった話し方をしているときには【ので】の使用が見られました。次の例は国際電話をしている姉妹の会話です。抜粋した部分以外ではお互いタメ口で話していますが、【ので】の使用部分では丁寧語を使っています。
(13)((アメリカに住んでいるAが日本に住んでいるBにある新聞記事を見つけてほしいと頼んでいる))
(音声リンク: 1:58-2:06)
A: ま、いいや。
B: そうそう、うん。 ((後ろにいる家族に向かって))
A: ゆっくり [ 探しておいてください。
B: [ 探しといて。 ((後ろにいる家族に向かって))
B: うん。アハ
A: 30分間与えられていますので。
B: なんだそれ、クイズ:?クイズ番組:?
A: 違うよ。
【から】の次に会話で多く使用されている理由を示す表現は【だから】です。ただ、【だから】は必ずしも「<理由>。だから<状況・結果>」を示すわけではなく、もっと大まかに{【だから】に続く発話がすでに(自分または相手によって)言及された出来事や心情に基づいていること}を示すことの方が多いようです。一方、社説では【だから】の使用頻度はとても低く、「だからと言って、<意見・反語>」のパターンで、これまた強調表現として使われているようです。
【だって】はおそらくシンキングタイムで推測していただいたように会話には頻出しますが、社説では使われません。会話中の【だって】の使用で特徴的なのは、4割方、以下のように特定の発話末の表現と一緒に使われることです。中でも「もん」と「でしょ?」との共起が多いようでです。
「だって・・・もん/でしょ?/から/し/じゃん/じゃない?」
最後に、リストの(9)「試験がある私は勉強している」ですが、これは名詞修飾文が理由を提示するのに使われている例です。
会話では、日本語の教科書に出てくるような複雑な名詞修飾が使われること自体珍しいですが、名詞修飾が理由の提示に使われることはまずないと言っていいようです。
一方、社説では、以下の例ように、名詞修飾節内で紹介されている情報(「国内の米軍基地の75%を受け入れている」という情報)が後続の節で述べられている意見(「沖縄県が負担軽減を要求するのは当然だろう」という意見)の根拠として提示されています。
(14)朝日新聞2005年10月27日の社説より
[ 国内の米軍基地の75%を受け入れている ] 沖縄県 が負担軽減を要求するのは当然だろう。
この名詞修飾文は理由の接続助詞を使って次のように言い換えることが可能です。
(15)理由・根拠を提示する名詞修飾文の言い換え
→ 国内の米軍基地の75%を受け入れているのだから、その沖縄県が負担軽減を要求するのは当然だろう。
名詞修飾文を使った理由や根拠の提示の仕方は、何が事実で何が意見なのかはっきりと区別する必要のある社説のようなジャンルでは重宝されるのでしょう。また、複雑な名詞修飾文や「・・・のは・・・から/ためだ」のような構造が入り組んだ文を作ったり理解してもらったりできるのは、社説のような書き言葉の媒体では書き手も読み手も、十分な時間を許されているからです。
今回は理由の書き方・話し方を取り上げましたが、媒体・ジャンルによる言語表現やパターンの違いは至る所で見られるのではないかと思います。
引用・参考文献
Kawanishi, Yumiko, Iwasaki, Shoichi,
2018. Reason-coding in Japanese. In Endo Hudson, M., Matsumoto, Y., Mori, J. (eds.),
Pragmatics of Japanese: Perspectives on Grammar, Interaction and Culture, pp.
17-48. John Benjamins.
用例の出典
Kawanishi, Yumiko, Iwasaki, Shoichi,
2018. Reason-coding in Japanese. In Endo Hudson, M., Matsumoto, Y., Mori, J. (eds.),
Pragmatics of Japanese: Perspectives on Grammar, Interaction and Culture, pp.
17-48. John Benjamins.
CABank Japanese CallHome Corpus. 1996. https://ca.talkbank.org/access/CallHome/jpn.html