第二言語で働く

このブログでは日常会話など主に普段の日本語を扱っていますが、今回扱う日常は経験したことがない人がいるかもしれない日常です。

第二言語や第三言語を使ってその言語を第一言語とする人々と働き生活する――日本以外の国で暮らす日本出身者や日本で暮らす他国出身者にとってはそれが日常です。

もちろん対象言語の習熟度や職種によって職場での苦労の種類や度合いは大きく異なるはずです。

2008年に始まった日本の外国人介護人材の受け入れにより、訪日前と訪日後合わせて1年の日本語研修ののち、介護福祉士候補者として日本の介護施設で働いている人々がいます。

彼らの仕事現場の日常を分析して見えてくるものは何でしょう。

日本の高齢者施設で働くインドネシア出身のリサさん。

日勤のリサさんは出勤したらまず夜勤の職員から引き継ぎ(専門用語では「申し送り」と言う)を受けます。この際、夜勤の職員が利用者ひとりひとりの様子・注意事項・要望などを手書きで記した「申し送りノート」が重要な役割を果たします。

研修中のリサさんは日本人職員とマンツーマンで申し送りノートの情報を確認することになっています。この業務には、情報の正確な伝達という目的の他に日本語習得のサポートという目的も含まれているそうです。

以下が夜間職員の手書きのノートをタイプしたものです。(下線は実際は波線)

須藤花子氏、ポジショニングはH22 11 30 に作成したポジショニングのように実施してください。(以前の写真確認して下さい)左大腿骨転子部骨折、OPしておらず、左股関節を外側へ向ける方向へはポジショニングしないようお願いします。リハビリ

専門用語や聞き慣れない言い回しのほかに和製英語や頭字語もあり、専門知識と日本語能力、さらには文化的知識もないと理解できないノートです。

そして手書きのメモであるという事実。このデータは数年前のものですが2020年時点でも利用者に関する情報共有に手書きノートを使うのは外国人人材を受け入れている介護施設でも珍しくないそうです。

では、リサさんと日本人職員のやり取りを見てみましょう。といってもリサさんの発話は最後の一言「んー」だけです。日本人職員の長谷部さん(長)はノートを書いた夜勤の職員ではなく別の介護職員です。

長谷部さんもリサさんも立った状態で、長谷部さんは上記の手書きノートを左手に持ち該当するページを開いています。リサさんは長谷部さんの右手にいます。(カッコ内の数は沈黙の秒数)

長:    須藤さんポジショニングは、(1.3) ポジショニングは、(0.4)

あ!この前の、あれやね。(0.3) ちょっと待ってよ

(7.0) ((ノートの文章を右手の人差し指で追って黙読する))

あ!足こっち、こう (0.8) 須藤さん左かな、

            こっち骨折してて - (0.6) こう曲がってるんかな。

            これ - 外側へ こう向けるポジショニングはしない

            ようにってゆうことで、こっちばっかりで。

リサ: んー

まず、手書きメモに多く見られる専門用語や漢熟語が口頭での説明ではことごとく避けられています。逆に、手書きノートには皆無の「こっち」「こう」「これ」などの指示語が口頭の説明では多用されています。

これらの指示語の使用には右手で自分の左足を触るなどのジェスチャーが伴っています。分かりやすさという観点から見ると、指示語とジェスチャーの併用は妥当に思われますが、実際これらのジェスチャーの意味を理解するには日本語の文法の理解が不可欠です。

例えば、最後の「外側へこう向けるポジショニングはしないように」という説明は「外側へこう向ける」と発話された時点でジェスチャーが伴い発話的にも完結しているように聞こえます。が、最終的に「・・・しないように」と打ち消されています。リサさんの第一言語であるインドネシア語は英語と同じ語順なので日本語の文法習得は英語母語話者と同じくらい難しいと推測できます。上の例でのリサさんの発話「んー」は情報を受け取った合図であると判断できますが理解の合図かどうかは判断が難しいところです。

第二言語話者にとっては何を理解して何を理解していないかを即時に判断することは難しく、時間的な制約がある仕事の現場でそれをどこまで相手に伝えるべきかという問題もあります。職業従事者としての自分と言語学習者としての自分、二人の折り合いを常につけなくてはなりません。第一言語で働いていても新しい職種や職場では少なからず似たような経験はありますよね。

介護の職場では、専門用語や熟語を避ける傾向は日本人同士の申し送り時には見られず、外国人の研修者とのやり取りの際にだけ見られたそうです。例えば、「股関節」「座位」「臀部」「後方」といった熟語は「ここ(+ジェスチャー)」「座ってから」「おしり」「後ろ」といった言い方に置き換えられていました。日本人職員は無意識に子供が理解しやすい日本語を使おうとしていたのかもしれませんが、日本語学習者にとって(専門職を目指す人ならなおさら)必ずしも和語のほうが漢語よりも理解しやすいということはありません。

さらに、意図的ではないにせよ、ノートに書かかれていても口頭の説明では省かれる情報も多く、担当の日本人職員が主観的に何が重要で何が重要でない情報か判断・選択し伝えているということになります。上記の例では須藤さんがOP、オペレーション、つまり手術を受けていないという情報は省かれ、「以前の写真」への言及もありません。

この研究の著者らはより効率的で効果的な情報伝達の方法として、手書きのメモと口頭の説明だけに頼らない多様な手段を使ったシステムを推奨しています(例として、意味を検索しやすいデジタルノート、写真、人体図、ビデオの活用、ユニバーサルデザインの導入)。

受け入れ側の取り組みと同時に、日本語研修の面では言語学習を始めたばかりの学習者でも習得し使いこなせる聞き返しや確認の方法、理解したことや理解が怪しいことを示す方法などをなるべく早い段階で導入し繰り返し練習することで、より実用的で効果的なコミュニケーションの助けになるのではないかと思います。

第二言語で働く人が仕事をしやすい環境を模索していくことは、一緒に働く人もサービスを受ける人も関わる全ての人々にとって大切な今取り組むべき課題です。


引用・参考文献

Mori, Junko & Shima, Chiharu. 2020. Text, talk, and body in shift handover interaction: Language and multimodal repertoires for geriatric care work. Journal of Sociolinguistics 24, 593–612.

Mori, Junko & Shima, Chiharu. 2021. Person reference and recognition in shift handovers: An analysis of interactions between Japanese and international care workers. Multilingua 40(1), 33–65.

用例の出典

Mori, Junko & Shima, Chiharu. 2020. Text, talk, and body in shift handover interaction: Language and multimodal repertoires for geriatric care work. Journal of Sociolinguistics 24, 593–612.