「は」の話


といっても、「歯」でも「葉」でもなく「わ」と発音するあの「は」です。

『ナントカ  カントカ』という表現は日本語の基本の型の一つです。

日本語の環境で育った人は、まだ単語もろくに話せないうちから『ナントカ  カントカ』という型の中で身近な大人とコミュニケーションをとったり身の回りのことを学んでいきます。

親1「電車は?」 子1「」(絵本の中の電車を指して)

親2「これは?」 子2「(いち)ご」

上の親子のやりとりや次の大人の会話のように「は」は話し相手と共通認識のある人や物について聞いたり話したりするのに便利です。

「よっちゃんは?」    「ああ、今日バイトだって」

「〇〇は?」を使えばその場の状況や前脈から言わなくても分かる質問を省いて、相手に「カントカ」部分を促すことができます。逆に言えば、日本語話者は記憶の中に『ナントカ  カントカ』という型があって、その型に頼って話したり相手の言うことを理解したりしています。

ただ、「は」を使うと、おなじグループの人や物が暗に引き合いに出され、対比のニュアンスが生まれます。次の例では晩ご飯のおかずを食べた家族の一人が不覚にも「は」を使って評価してしまったがために晩ご飯を作ってくれた家族の怒りを買っています。

「これはおいしい」    「これ💢

親と子の「これはいちご」は様々な物体の名前をリストしているだけで、「よっちゃんは今日バイト」も友人の集まりの出欠席を確認しているだけなので誰の怒りも買いませんが、「これはおいしい」のように評価が入ってくると、暗示されるのは「けど、他のはそれほどでもないな」といった比較になってしまうので注意が必要です。

そもそも「ナントカ」自体ことばにしなくても相手に分かってもらえることが多いので、わざわざ「ナントカ は」と表現するのにはわけがあります。

ちなみに話し相手と共通認識がないと思われる人や物には「は」ではなく「って」が使われます。

「のりとお好み焼き食べてて~」   「のりってあの来てる人?」

「子どもってやっぱりかわいい?」  「うん、そうだね~」

相手の話に出てきた人や物についてよく知らないときは「って」を使って確認できます。また、「子ども」のように一般的な概念は共有してても、もっと具体的な概念として共通認識がないと思われる(あるいはそう思ってほしい)ときにも「って」が有効です。

以上、話しことばの「は」の話でした。書きことばや原稿ありきのスピーチなどで使われる「は」はまた別のお話です。

 


引用・参考文献

Clancy, Patricia, and Downing, Pamela. 1987. The Use of wa as a cohesion marker in Japanese oral narratives. In John Hinds, Shoichi Iwasaki and Senko K. Maynard (eds.) Perspectives on Topicalization: The Case of Japanese Wa. Amsterdam: John Benjamins. pp. 3-56.

Kurumada, Chigusa. 2009. The acquisition and development of the topic marker wa in L1 Japanese: The role of NP-wa? in mother-child interaction, In R. Corrigan, E.A. Moravcsik, H. Quali and K.M. Wheatley (eds.) Formulaic Language: Volume 2, Acquisition, loss, psychological reality, and functional explanations. Amsterdam: John Benjamins, pp. 347-374.

Suzuki, Satoko. 2007. Metapragmatic function of quotative markers in Japanese. In Wolfram Bublitz and Axel Hübler (eds.) Metapragmatics in Use. Amsterdam: John Benjamins. pp. 73-85.