下のグラフをご覧ください。一体何を表していると思いますか。
ヒントは何かと何かの使用頻度の違いです。お察しの通り、タイトルの「ビミョーな距離感」に関係する何かと何かです。
以下をクリックすると答えが出てきます。
「~ないです」も「~ません」も動詞の否定丁寧形です。学習者が「ません」を多用しているのは一目瞭然です。母語話者はどうでしょうか。注目したい点は三つ。
2) 「ません」より「ないです」をよく使う
3) 全体的に「~ないです」「~ません」と言いきる形が学習者に比べてかなり少ない
3)
に関しては、母語話者は「~ないかなって思って・・・」とか「~ないんですけど・・・」といった言い回しが非常に多いのが理由の一つだろうと思います。
1)
と2) に関して、実際に初対面の母語話者同士の会話を分析してみると、「ません」が使われていたのは以下の状況だったそうです。
- 会話の最初の方
- 話者があまり知らない話題や話しにくい話題になった時
最初は「ません」を使っていても、会話が進みお互いの距離が縮まっていくにつれ「ません」が「ないです」に取って代わる傾向が見られたそうです。また話者が相手のことよりも話の内容に集中していたり考えながら話している時も「ないです」が使われていました。
つまり「ません」が使われるのは、話し相手との社会的距離を強く意識していて、それを前面に打ち出す必要を感じた時。一方、「ないです」が使われるのは、距離をちょっと縮めようとしていたり縮まったと感じた時、また距離感に配慮する余裕がない時です。
そして「ないです」は、『分かんないです』のように動詞の短縮形と共起しやすい特徴があります。この特徴も「ません」(『分かりません』等)と比べてくだけた印象を醸し出すことに貢献しています。
以上の分析に使われた会話データは1999年と2001年に録られていて、「ません」と「ないです」の使用比率は1:2でした注1。
冒頭で紹介したグラフ注2に使った会話データは2013年と2014年に録られていて、母語話者の「ません」と「ないです」の使用比率は1:8でした。分析方法やデータ自体に違いはあるでしょうが、初対面同士の会話では全体的に「ないです」が勢力を増しているようです。
話者や状況によっては「~ないです」でも堅苦しいのか「~ないッス」も使われていますよね。「です」が変化した「ッス」は実はかなり前から使われていて、1970年代にはすでに運動系の部活やアルバイト先での使用が確認されています。
「ないッス」は「ないです」より相手に対する親近感が増しますが、決まったグループ以外で使用すると相手によっては馴れ馴れしいと思われる可能性も。んー、まあ、どう感じるかは「ないッス」を受け取った側の過去の経験や「ないッス」を発した側の態度やキャラに大きく左右される気がします。
まとめです。一口に丁寧形といっても機械的にフォームが決まるわけではなく、話者の意識が大きく関わっています。たとえ初対面の人であっても、「ません」「ないです」時には「ないッス」も使ってビミョーに距離感を調節してるんですね。
注
- Uehara & Fukushima (2008)から。p.172の表6(#1-12)とp.173の表7(#13, 18, 22)から1999年と2001年のデータを総合し計算した。1999年のデータのみでは「ません」と「ないです」の使用比率は半々。
- グラフに使用したデータの出典は「多言語母語の日本語学習者横断コーパス (I-JAS)」, https://chunagon.ninjal.ac.jp/static/ijas/about.html。分析方法は以下の通り。
- I-JASコーパスの検索には「コーパス検索アプリケーション『中納言』」を利用した。
- 母語話者・学習者ともに調査実施者との約30分間の対話データを利用した。
- 母語話者のデータは20代~50代の50人の参加者の発話、学習者のデータは英語が母語で10代後半~30代の日本語学習者100人の発話を対象とした。
- 9割以上の学習者はJ-CATまたはSPOTテストで中級レベル以上と判断された。
- 次の事例は総数から除外した。定型句(すみません/すいません/すんません)、対応する「ないです」形がないもの(おりません、もうしません等)、過去形(~ませんでした/なかったです)、動詞と丁寧否定形の間に別の語が入るもの(~かもしれません/ないです、~たくありません/ないです等)、ありません/ないです(「ないです」には動詞が含まれていないため)。
- 次の事例は総数に含めた。~て(い)ません/ないです、~(ら)れません/ないです、~(さ)せません/ないです。
引用・参考文献
Uehara,
Satoshi and Fukushima, Etsuko. 2008. Masen or nai desu – That is
the question: A case study into Japanese conversational discourse. In Style
Shifting in Japanese, Kimberly Jones and Tsuyoshi Ono (eds.), 161-184. John
Benjamins.
倉持益子. 2009. 新敬語「ス」の使用場面の拡大と機能の変化『明海日本語』14, 25-35.