中学生の頃からよく洋画や海外ドラマを見るようになりました。有名な作品は吹き替え版と字幕版がありましたが、私はどうも吹き替え版が苦手でした。当時は「吹き替えだと俳優の生の声が聞けないからね」と思っていましたが、改めて考えてみるとそれだけじゃなくて外国人のキャラクターが話す吹き替えの日本語に違和感を感じていたのかもしれません。もちろん字幕の日本語も大差ないのですが、話しことばとして耳に入ってくる翻訳日本語が苦手でした。
『やあ、元気かい?』に代表される外国人男性が話す翻訳日本語には以下の特徴があるそうです。
あいさつは「やあ」。自分のことは「ぼく」か「おれ」。文末は「さ」「かい?」「だい?」
次の会話は『ビバリーヒルズ高校白書』(原題『Beverly Hills, 90210』)で、ミネソタ州から引っ越してきたブランドンがのちに親友となるディランに初めて話しかけた時のシーンです。( )の中は元の英語のセリフ。
ブランドン: やあ。僕はブランドン・ウォルシュだ。
(Hey.
My name’s, uh, Brandon Walsh.)
ディラン: ブランドン・ウォルシュ?スコットランド系か?
(Brandon Walsh? Scots or Irish?)
ブランドン: アイルランドも入ってるらしいけど、ミネソタ経由さ。
(Both
actually, by way of Minnesota.)
(中略)
ブランドン: 腹減ってないかい?
(Are you hungry?)
外国人男性の翻訳日本語として使用されるこのような話し方は、日本人男性によく使用される「な」「だろ」「ぜ」「ぞ」などに代表されるいわゆる男ことばのフィクション語とは一線を画しています。
また、日本人のキャラクターは場面や話し相手によって話し方も変わりますが、外国人男性のキャラクターはブランドンとディランのように初対面同士でも気さくであるというステレオタイプが反映されているようです。お笑い芸人が『ビバリーヒルズ晴天白書』というパロディーをしていましたが、これが面白いと感じるのも外国人男性が話す独特な翻訳日本語が世間に浸透している証拠です。
以前のコラムに登場した文末の「ッス」などは親しみを込めた丁寧形として日本人のキャラクターの発話に使われますが、外国人のキャラクターはまず使いませんよね。これも、外国人は「ッス」が表すビミョーな距離感を理解できないという先入観が反映されているのかもしれません。
外国人男性キャラクターの独特な翻訳日本語は実は日本人男性のキャラクターが使うこともあります。次の発話は誰が言っているか分かりますか。ヒントは「ち」で始まる国民的マンガの登場人物です。
「やあ、お待たせ」
「なにか用かい?ベイビー」
「どうだい?ヒデじい。これでロカビリーを歌うのさ」
―――
同じ言葉づかいでも日本人の場合はキザでナルシストなキャラクターに限られます。
答えは「ちびまる子ちゃん」の花輪クンでした。
―――
ちなみに、女性のキャラクターは外国人だろうが日本人だろうが典型的な女性ことばのフィクション語(文末の「わよ」「だわ」「のよ」、丁寧語など)を話します。少なくとも言葉に関しては、女性は「女性」として括られそれ以上の個性は与えられないことが多いようです。
吹き替え日本語には違和感を覚えた若かりし自分も、幼い頃から触れている物語やアニメの中の女性キャラが話す日本語はすんなり受け入れていました。大人になってからは、「あの性格のキャラクターがあんなに丁寧な言葉づかいするのおかしくない?」とか色々疑問を持つようになりましたが。
日本語の教科書に出てくる日本語も外国人が習得する日本語はこうあるべきという思い込みや偏見が反映されていないとも限りません。実際に使われている日本語と照らし合わせて批判的な視線を鍛えていきたいものです。
引用・参考文献
Momoko
Nakamura (2020) The formation of a sociolinguistic style in translation: cool
and informal non-Japanese masculinity. Gender and Language 14(3), 244-262.
中村桃子 (2013)
『翻訳がつくる日本語-ヒロインは「女ことば」を話し続ける』 白澤社.
用例の出典
ビバリーヒルズ高校白書 [Beverly
Hills High School Report] (2007) Season 1, Vol. 1. Tokyo: Paramount Japan. DVD.
さくらももこ (1987)
『ちびまる子ちゃん』第1巻. 集英社.
さくらももこ (1989)
『ちびまる子ちゃん』第
5巻. 集英社.