いつでも軌道修正機

 


ドラえもんのひみつ道具のようなタイトルですが、今回のテーマは「と」「って」「とか」など引用の助詞です。ただの引用の道具と思うなかれ。引用の助詞は発話途中で言い直すことなく話の軌道を修正できちゃうまさに『ひみつ道具』なんです。

日本語は、発話の内容を理解するうえで重要な述語部分が発話末に置かれたり、発話の意図を理解するうえで重要な助詞などの機能語が名詞や動詞の後に置かれたりする後置型の言語です。

だから何?と思うかもしれませんが、会話のやり取りの中でこの構造上の特徴はけっこう大きな意味を持ちます。聞き手の立場からすると、相手が何を言いたいのか最後の最後まで聞かないと分からない面倒さがあります。逆に、話し手の立場で考えると、発話途中いつでも話の軌道修正・変更が可能なのでかなり柔軟性が高いといえます。

軌道修正にはさまざまな機能語が使えますが、なかでも便利なのが引用の助詞なんだそうです。

あれ?相手の反応がないな。変なこと言っちゃったかな。そんな時は・・・

『いつでも軌道修正機』(ドラえもんの口調で)これを使えば一度口から出ちゃったことでも時をさかのぼって内容を変えることができるんだ。

訳します。「と」「って」「とか」などを使えば、自身の発話を引用し、これから発する新たな発話構造の中に組み込むことができます。その過程で発話全体の趣旨を変えることができるんです。

次の妻と夫の会話では、妻に自分のよくない所を指摘された夫が応答しています。

妻:  ((夫のよくない所を指摘する))

夫:  それはそうね 

1.2秒の沈黙)

夫:     とゆうからいけないの 

夫はまず「それはそうね」と妻の指摘に同意しますが、妻から何の反応も得られず1.2秒の沈黙が続きます。ここで、夫は「と」で自身の発話(「それはそうね」)を受けて、「ゆうからいけないの」とその発話に対し批判的なコメントを追加しています。引用の「と」を駆使することで、発話全体の意味を『相手への同意』から『自己非難』に変換しているのです。

次の例では友人3人(A,H,S)が一緒に取った写真のお互いの映り具合について一通りコメントし合った後、Aが自身の映り具合について不満を漏らします。写真を撮ったのはSなのでこの不満はSに向けられたものだと理解されます。

A:     ま、どうゆう事情であれもう一度写真を

撮ってもらわないと困るな俺は

            0.3秒のポーズ)

しかし、他の2人から何も反応がないことからAは空気を察し、即座に以下のように続けます。

            A:     とか言ってー(笑い声で)

ここでも「とか」で自身の発話を受けて、「言ってー」と実際の発話ではなく仮想の発話であることを示すことで、発話全体の趣旨を『文句』から『ジョーク』に変えています。他の2人もこの時点で一緒に笑ってAのジョークを受け入れています。

言葉を使ってコミュニケーションする時にこんなふうにいろんなひみつ道具を駆使しているんだと考えるとちょっと楽しくなりませんか。


引用・参考文献

Hiroko Tanaka (2001) The implementation of possible cognitive shifts in Japanese conversation: Complementizers as pivotal devices. In: M. Selting & E. Couper-Kuhlen (Eds.), Studies in Interactional Linguistics (pp.81-109). Amsterdam: John Benjamins.

用例の出典

Hiroko Tanaka (2001) The implementation of possible cognitive shifts in Japanese conversation: Complementizers as pivotal devices. In: M. Selting & E. Couper-Kuhlen (Eds.), Studies in Interactional Linguistics (pp.81-109). Amsterdam/Philadelphia: John Benjamins.